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- いかなる昨日より今日が尊い
- いま 光が とどいたのではない 光に遇わなかっただけだ
- いま聞き いま うなずき いま念仏申す
- かけがえのない自分の人生を そのまま受け取れない自分がいる
- ご法縁に遇えば 人生を見直すことができる
- どこまでも逃げるわたしは慈悲のなか
- ほんとうの自分に 出会えない人生は むなしい
- み仏にどちらを向いても拝まれている私
- メインページ
- 人の悪はとがめるが 自分の悪には 気がつかない
- 人生は 聴聞を続けることで 広く深くなる
- 人間に生まれたのは如来の本願を聞くためである
- 仏の願いは そのまま 私の願いは わがまま
- 仏光のもとにわれかしこしの 慢心が砕かれ卑屈の心も洗われる
- 仏力を談ず (講話)
- 他力の信の特色
- 他力の信心を獲得するのは ただ法を聞くという道しかない
- 信一念と信の覚不について
- 光に照らされることによって 心の闇の深さがわかる
- 努力や思索の延長から仏に遇う世界は生まれない
- 善人になるより悪人と気づくのは難しい
- 失敗はむしろ自分を知るために必要な材料である
- 当たり前と 思っていたことが 有り難いと 気づかされる
- 念仏の道は 如来の聞かせたまえる 人間の道である
- 念仏はわが家のきずな 御同朋への道しるべ
- 念仏は私の心を照らし出す鏡
- 念仏は苦悩を 避けるのではなく 乗り越える力
- 念仏をいただいて生死を超えるよろこびを知る
- 愛されていない命は 一つもない尊ばれない命は 一つもない
- 手に合わない厄介な我の心を 如来の大きな御手にお渡しする
- 拝む手に つたわるみ名の あたたかさ
- 最近の出来事
- 正遠師の法話
- 法を見るものはわれを見る
- 派外からの異説について
- 派外からの異説について
- 浄土への道は 彼方ではなく 私の足元にある
- 生きている という事は決して私の力ではないのだ
- 真仮論の救済論的意義
- 真宗の本尊について
- 私どもが自力と考えていること全体が 他力の中にある
- 私のあたまにつのがあった つきあたって折れてわかった
- 私はしばしば仏を忘れるが 仏は私を忘れない
- 聴聞は他人ごとを自分のことだと教えてくれる
- 自力の念仏そのまんま 他力とわかる時がくる
- 転入の大悲
- 輝く讃歌
- 迷信に惑わされ 正信を見失うことなかれ
- 驕りは人間を滅ぼし 争いは世界を滅ぼす
